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「伝えたいこと」が生まれるとき

3年前のまちの教室で行われた「綴る手、刷る手、届ける手〜リトルプレスの将来性〜」の続編が、「栞日」の店主菊地徹さんとWORLD YOUTH PRODUCTS(以下、WYP)編集長の川口瞬さんの対談というかたちで行われました。今回の授業では、3年前から現在に至るまでのWYPについてからお二人の考え方の変化、さらにはこの時代における本の可能性やまちとの関係性にまで話が及びました。

働きながら働き方を考える
WYPは2011年、川口さんが会社員時代にスタート。「今自分たちが思っている働くと言う感覚は世界のスタンダードではないのかもしれない」と思い、日本とは働く価値観が違う場所としてインドを取材。2013年に1冊目を出版しました。その後2014年には、メンバーも5人に増え、次は自分たちと同世代の価値観を知りたいと2冊目は日本で取材。 インタビューしたものを紙面に書き起こし、そこに展示会の来場者が注釈を加えるというスタイルをとったそうです。この企画、たった2週間で行なったというから驚きです。

これをきっかけに、0からつくる面白さを実感し自分たちでやっていく自信がついていったメンバーは、ここまでの「働きながら」これからの自分たちの働き方を考えていくために「つくる」スタイルから、全員が会社を辞めてそれぞれの道へ進む決断をします。そこから紆余曲折してできたのが3冊目となる今号でした。

WYPは「ライフログ」のようなもの

すでに会社を辞めて、それぞれがフィリピン、デンマーク、ベトナム、日本と世界各国で自分の仕事をしながらつくられた今号は、「働く」から「生きる」へとスタンスも変化しました。
「働きながらではなくなってしまったけど、分かりやすく、自分たちで説明できるものって何だろうって考えた時に、『トラベルマガジン』と『生き方』っていうキーワードがあったんです。日本人は日本で生きるっていうのが普通だけど、実際はどこでも生きられる。それを実践している僕らだから伝えられることがあるって思ったんです。」
世界幸福度ランキング1位の「デンマーク」を特集し、「生き方」をテーマにした今号。多様な生き方をする人たちの姿にワクワクさせられるが、それはきっと川口さんたちのその時の興味がそのまま雑誌に落とし込まれているからこそ、伝わってくるものだと思います。

川口さんの言葉で、「WYPはライフログのようなもの」というのが印象に残りました。今後も行き先を決めて続けていくのではなくて、それぞれの場所で、それぞれが働きながら探っていることを自然体で伝えていきたいと言います。
今や誰でも簡単に発信することができる時代。気づくとインスタグラムで多くの人にいいね!をもらうために、つい「かっこよく」「おしゃれに」ばかり考えている自分がいます。しかし、「本当に伝えたいこと」って何だろうと考えると意外とぱっと浮かんでこないんですよね。一瞬の美しさを捉えて日常に見せかけても、関係性がないところに心から伝えたいことは生まれないし、背景を伝えることは難しい。川口さんの言葉を聞きながら、自分たちが本気で自分と向き合って、関係性が生まれて、その中でもがき苦しんで生まれたものだからこそ、「伝えたい」と「伝わる」がクロスするのかもしれないなと思いました。

「いかに売るか」よりも「目の前の人のためにできること」
川口さんは現在、神奈川県のはじっこにある真鶴という港町で、パートナーの來住さんと一緒に泊まれる出版社「真鶴出版」を始めています。移住当初は、自分たちで食べていくために「どうやったら売れるだろう」とか「何を作ったら売れるか」ばかり考えていたそうですが、出版業×宿泊業をやる中で「今やれること」や「何を作りたいか」が明確になり歯車が回り始めたと言います。 
 「自分たちが住む物件を宿にしたことで1組ずつ丁寧な対応ができる。さらに宿に泊まってくれたお客さんと「町あるき」に出かけることで、お客様とまちをつなげることもでき、まちの人との距離も近くなって取材もやりやすくなる。同じ屋号でやることで出版の広報にもなって、出版と宿泊の相性はバツグンだったことに気づいたんです。」
川口さん自身が移住してきた時に感じた「今自分たちが必要としているもの」をつくったからこそ、今移住を考えている人たちにダイレクトに伝わるものがつくれたのだと思います。(実際に移住を考えているお客様も多くなり、真鶴出版がきっかけで移住した方がすでに4組もいるとのこと!)真鶴出版がメディアに取り上げられる機会が増えたことで、結果的に町全体にスポットライトが当たり始めました。川口さん自身も、今では町の人が喜んでくれるような「町のための出版物」を作りたいと思っているそうです。

「今この時代だからとか、WEBと比べてとかそういうことではなくて、本だからやれることがまだまだあると思うんだよね。単純に本がすきっていうのもあるけど。」
何でも簡単にWEBで発信が出来るようになったけれど、そこから得られる情報が全てではないと私は思います。例えば、たくさんの人に伝えたいと思って書くものよりも、今目の前にいる人に伝えたいと思って書くほうが、実は伝わりやすくて、結果的に多くの人の心に響くものになったり、誰かの役に立つものになったりすることがあります。それが地方のコミュニティだったら、存在感があって誰でもすぐ手に取ることができる本なのかもしれないですよね。これからどんな本に出会えるのか、ワクワクしてきました。

大人になればなるほど、いろいろなものに出会えば出会うほど、本当に自分は何がしたいのかわからなくなることがあります。そんな時のヒントは、実は目の前に転がっていて、今自分の目の前にあることに真剣に取り組むことなのかもしれない。わたしも「伝えたいこと」が明確になるくらい、まずは目の前のことに向き合おうと思います。

\ もっと深く知りたい方へ /

栞日
來住さん曰くあまり人前で話すのが得意ではないという川口さんからいろんな話や思いを聞き出してくださった菊地さんが店主をつとめるお店。きっとあなたもお気に入りの本が見つかるはず。

WORLD YOUTH PRODUCTS
「WYP」のことをもっと知りたい方はこちらへ!世界各国にいるメンバーの様子も載っています。

真鶴出版
泊まれる出版社が気になる!次の旅先を迷っている!さらには人生相談をしたいなんて方!真鶴出版で川口さんと來住さんが暖かく迎えてくれますよ。

(まちの教室スタッフ 賜萌子)

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川口瞬
1987年山口県生まれ。大学在学中にSHIBUYA PUBLISHING & BOOKSELLERSにてインターン。卒業後、IT企業に勤めながらインディペンデントマガジン『WYP』を発行。“働く”をテーマにインド、日本、デンマークの若者の人生観を取材した。2015年より神奈川県真鶴町に移住。「泊まれる出版社」〈真鶴出版〉を立ち上げ出版を担当。地域の情報を発信する発行物を手がける。

菊地徹
1986年静岡県生まれ。大学在学中にSTARBUCKS COFFEEでアルバイト。これをきっかけに自分の仕事として喫茶店を志す。卒業後、松本の旅館に就職。その後、軽井沢のパン屋に転職するも、松本の街の規模感や城下町文化が恋しくなり、約1年で松本に戻る。2013年「書店あるいは喫茶店」〈栞日〉を開業。直販の独立系出版物を中心に選書している。2014年よりブックフェス「ALPS BOOK CAMP」を主催。2016年同店移転リニューアル。