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「もしも」の時を支える小さな気づき

「しののい まちの教室」スタッフの清水です。

「支え合うまち つながるまち」では、災害支援ボランティアセンター”OPEN JAPAN”の共同代表を務める吉村誠司さんを講師としてお迎えし、災害ボランティア活動をして思う事や地域の住民同士のコミュニケーションについて話して頂きました。

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東日本大震災発生の翌日に、現地に到着した吉村さん。

「あ〜、この、なんだろうな〜、テレビじゃ伝わらない”匂い”?
 現場に行かないと分からない”匂い”。被災現場に着いて、その雰囲気を感じた」
そうおっしゃっていました。
目の前で消えていく命、もう少し早く来ていれば助ける事の出来た命。実際の光景を自分の目で見た人しか経験しない風景、思いを熱く語ってくれました。

いろんな形のボランティア
現場に入ればいろいろな手伝い方が出来る。
現地で実際に力仕事をするのはもちろん、ボランティアをしたい人を集めるボランティアや安否リストを作ったり、救援物資を運んだり、特技なんか無くても、「何でも聞きますよ」って、ただ寄り添って話を聞くことだって話す事で不安を和らげてあげたり、何でもボランティアになるんだと。

大切な事は、一人一人の出来る事を持ち寄ってみんなで助け合う事。
一人では出来なくても、それぞれの特技が組み合わさる事で大きな支援につながる。
何も出来ない。なんてことはないんだと。

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これまで・・・ではなく、これからを作っていく
災害の時だけではなく、自分の周りにも問題はある。
環境の変化や人口の減少で廃村になってしまったり、ニュースなどでは取り上げられない規模でも困っている人はいる。
災害などが無くても、「昨日寒かったけど、あそこのおっちゃん大丈夫だったかなぁ」と気にしてあげたり、逆にしてもらったり、そんな些細なやりとりがつながり合って絆が生まれていく。
きっかけが来るのを待つのではなくて、自分から問題意識を持って行動する事がこれから先を作っていくんだよ。
聞くだけでも、安心感を与えたりこの先の繋がりが出来たりする。

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吉村さんは、「ぜひ、復興した東日本を観光に来てほしい。
大きな自然災害があったけど、今もこんなにがんばって、またみんなで暮らせるまちに戻ったよ」と、多くの人に見てもらいたいし知ってもらいたいと。

僕も実際に東日本へ、足を運びたくなりました。

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(しののい まちの教室スタッフ 清水啓紀)

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吉村誠司(一般社団法人OPEN JAPAN顧問)
1965年 三重県生まれ。大学在学中から、ワークキャンプ・交流国際NGOを発足し、18ヶ国を自転車等で一人旅する途中、インドで全ての荷物を失い人生が変わったという吉村さん。25歳で東京都国分寺市議会議員に当選。1995年阪神淡路大震災では神戸市長田区へ入り、以後12年間神戸にて支援活動。神戸元気村の副代表も務めた。同村の存在が1998年のNPO法成立のきっかけとなる。その後、家族と共に長野県信濃町に移住。東日本大震災発生直後、翌早朝には宮城県気仙沼、岩手県陸前高田、名取、亘理へ。長期支援体制をつくるために、石巻災害ボランティアセンターと連携するNPO連絡協議会の立ち上げに協力。現在は、長野県信濃町と石巻市周辺を行き来しながら活動する日々。