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自然の中から生まれる(前半)

「農作物を作っている人達だけではなく、食べている人たちとも手を結べるような農業」のあり方を考えていらっしゃる今回の授業講師・宇野俊輔さん2002年に高遠へ移住し、現在『LURAの会』代表をされています。
授業の前半は「作物を作りながらその中で色々な取り組みをしていきたい」という宇野さんのこれまでのお仕事の事やLURAの会を開かれている中で感じてきた事などを伺いました。

宇野さんが目指している事・思っている事

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以前勤めていたODA(政府開発援助)では、海外での自立支援や建設コンサルタントをされていた宇野さん。現場に立ち、支援をしながら「自立」ってなんだろうと思っていたそう。

『地域自立の経済学』(元アジア経済研究所中村尚司さん著)という本の中にある“3つの自立“
第1段階は「暮らしていける事」
第2段階は社会の中で自分の判断とは違う事をしなくてはならない場面に遭遇するが「自己決定権をどのように持つか」
第3段階は自己決定権を持つような物を社会の仕組みとしてどの様に作っていけばよいのか・みんながそれで暮らしていけるのか

という事を宇野さんもひとつのベースとしており、今の活動を考えていきたいと思われているそうです。フィリピンで漁港建設の計画に携わっていた時、漁港の事をしているのに漁民の人と話をしないまま計画が進み、土地が埋め立てる事でそこに住んでいる人たちが追い出されてしまう状況があり、そこにあったコミュニティが無くなってしまう事や移転費用、その保証はどうやってしていくのか。そこにはイスラムの人たちが住んでいるが、内政干渉だと不法占拠者の扱いにされている。元々住んでいる人達なのにそれは違うのではないかと疑問を持っていたそう。

その次に勤める事となる「オルタートレードジャパン」に入るきっかけになったのは、同じくフィリピンでの出来事が関係しています。
フィリピンは当時マルコス政権の頃で、大地主が所有する土地でさとうきびのプランテーション(単一栽培)が行われていたが、砂糖の国際価格暴落が起こり、そこで働く農民の人達は大地主との間で生活の大きな格差が生じ、飢餓にあえいでいた。

ODNの時に感じた事や現地の人達の暮らしにもっと近付いた活動をしたいという思いを持っていた宇野さん。現地の人々はただ植えて大きくなった物を収穫するだけで作物を育てるという感覚ではなかったそうですが、財力・権力・軍力が一部の人達に集中する中、自分達で暮らしていけるような形をどうつくっていくかが、その時彼らに必要な支援でした。

彼らが食べる物を自給していくにはと思っていた時、資源として山の中に生えていたバナナが見つかります。また同じ頃、日本では子ども達に無農薬のバナナを食べさせたいという声があり、フェアトレードの動きもそこから生まれるのですが、自立していく為の最初の資金となるようそのバナナを育てる事が始まりました。

始めたばかり時は軍のアタッチメント(駐屯所)が所々に出来て見張る為、バナナもつかなかったのですが除々に身がついてくるようになった頃、バナナはあくまでも換金作物。自分達の食べる物を自分達で作ろう・その事で自分達の暮らしを成り立たせていこうと生産地の人達から話が出て、段々自立が始まっていったそうです。

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そんな出来事を経て、ある村を訪れた時に、一人の女性が宇野さんに「農業って凄いよね」と話し掛けてこられたそうなのですが、その時の言葉が帰国するきっかけに繋がります。
その頃、現地は軍隊が見回りにくるような状況で「今までは私達は自分達の暮らしを守る為に銃を持たざるを得なかった。今は農業で暮らしを成り立たそうとしている。バナナはライフルと同じ。軍が見回りに来ているでしょ?でも、手出しはできない。農業の話をしているから。自分達の暮らしをどう守っていくかは自分達も同じだ。」と言うのを聞いた時に支援をしている宇野さん自身がショックを受けたそう。食べ物を作る事がこんな力を持っているのだと彼らに凄く教えられたと。

魅力のある仕事であるが、自分自身は自立しているか?そう暮らしているのか。海外に行っているが、日本に戻った時に自分の住んでいる所の人達は何ができるのか 何もないと気付き、日本に帰って自分が実践していく、自分が作物を作る事をしなくては と帰国して農業へ取り組む事になります。

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現在農家である宇野さんは

「土は生き物との繋がりだと思っている。生き物がいないとできないし、土がないと生き物も生きていけない。共に生きている。 土を通して命の繋がりがある」

活動の中で土を作っていく事も大切に考えられています。社会の中でお金が介在しないという事は難しい事ですが、農作物はできるだけ「商品」としての物ではなくしていきたいというのも宇野さんは思われています。
農作物に価格が付くとその事によって価格競争が起こり、本来食べ物で無い、物がそこに含まれてしまう 生産性を上げる事に力を入れたり、技術力が上がると食べ物の本来の部分が見えにくくなる。それを見極めていかなければいけない現状になってきていると感じています。

価格の付かない食べ物は何かと考えた時、それは自給した物。
スーパーで野菜の葉に虫食いがあったら手にとらない。場合によっては出来た物の状態で出荷したロット自体を捨てなければならない事などもある。自分で作った物なら多少虫食いになっていても使いますし、スーパーに並んだ物には、種からそれが大きくなっていくその過程はそこにはない。もっと食べている人が農家に近付いていくようになってもらいたいという思いもお持ちです。主催されている『LURAの会』では、その年に畑に出来た作物を会員の人達で分配されています。作物は豊作の時はたくさん穫れるが、不作だと分配も少ない。現在一般的な農業の仕組みでは、その時のリスクが農家に来ます。作物を自分では作れない・手に入れられない人達もみんなでリスクを共有するという形。活動の中で、自然の中で物ができるというのはどういうことか理解を深めてもらいながら農家を支えていく形を考えているそうです。

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ここまでは宇野さんのお話を中心にお聞きしてきましたが、それに合わせて今回はあるお楽しみも授業の中にあるのですが、それは後半のレポートにて。

[つづく]

(まちの教室スタッフ 宮坂詩織)

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宇野俊輔(LURAの会 主宰)
大阪出身。大阪出身。東京の建設コンサルタント会社の技術者としてアジア各地で働き、30代でオルタートレードジャパンにてフェアトレードに携わる。かの有名なバランゴンバナナやエコシュリンプの生産を通して自立の取組みや環境保全の活動を地域の人たち共に実践。その経験をもとに自然の仕組みにのっとった農業を実現しようと45歳で退職し、2002年に伊那市高遠へ移住。2011年にはLURAの会をたちあげ、「作る人と食べる人が協力して本来の食べ物を自分たちの手に取り戻す」しくみをつくる。奥さんの順子さんは聖蹟桜ヶ丘で自然食レストラン「おておて屋-自然と暮らしの交差店-」を9年営んだ経験をいかし、宇野さんの野菜をさらにおいしく、優しく仕上げる。